上信越の一等三角点の山7座

      《山行報告》                 記;山口敏晴

平成11年9月   【多宝山】    五万分の一<弥彦>
  11日〜14日 【貉ケ森山】   五万分の一<只見>
          【有倉山】    五万分の一<松之山温泉>
          【髻山】     五万分の一<戸隠>
          【陣馬平山】   五万分の一<長野>
          【権現山】    五万分の一<大町>
          【高坂山】    二万五千分の一<能登二宮>

9/11 京都6:45〜南インター〜11:00 砺波インター〜12:10 氷見海岸−−石動山登山口−−平集落−−取付12:55 ...14:00 高坂山頂上(△507.6m 一等三角点)..14:45 車のところ−−15:35 氷見市窪ノ湯−−17:15 新湊道の駅(泊)

9/12 4:40−−4:55小杉インター〜7:40西山インター〜寺泊町−−弥彦スカイライン−−多宝山登山口8:47...9:05頂上(△633.8m 一等三角点)...9:30車のところ−−−白根市−−五泉市−−上川村−−12:40 室谷地区−−御神楽岳登山口−−12:50 室谷洞窟−−13:10 本名室谷線林道ゲート...16:20 引返す...18:20 車のところ(泊)

9/13 5:10−−R49 −西会津町−三島町−金山町−7:45本名ダム林道入口...8:20引返す...8:55本名ダム−−田子倉湖−−入広瀬村−−十日町−−−越後田沢13:15 −−−林道中魚沼丘陵線−−13:37 有倉山取付−−13:55 有倉山頂上(△632.8m 一等三角点)...14:25 車のところ−−14:45 中里村宮中ミオン中里15:45 −−飯山市−−豊田村−−17:00 道の駅豊田(泊)

9/14 4:30−−5:20赤沼除雪ステーション−−5:30豊野駅−−5:50白坂峠−−−平出−−牟礼村−−6:00髻山登山口...6:20髻山頂上(△744.4m 一等三角点)...6:50車のところ−−−長野市善光寺−−R406−−裾花ダム−−7:45引返す−−−瀬脇−−9:40陣馬平山取付...9:55青少年山の家..10:05 陣馬平山頂上(△1257.5m 一等三角点)...10:25 車のところ−−−中条村−−美麻村11:35 池ノ平入口−−−12:07 権現山取付...12:20 権現山頂上(△1225.5m一等三角点)...12:35 車のところ−−−信濃大町−−14:20 豊科インター〜19:15 京都南インター−−−20:05 向島

(岸本)、山口、    2名         往復走行距離 1655km
多宝山一等三角点 有倉山一等三角点 髻山登山道入り口
4連休で、上信越の一等三角点の山を訪ねることにした。
下北半島の一等三角点巡りの予定であったが、膝の調子が今一つで、岸本氏の計画で余り歩かなくても登れる一等三角点の山を見つけて、登ることにした。
髻山城跡の案内板

9/11,朝京都出発。先ずは、8月に能登半島を訪れた時、時間切れで登れなかった、高坂山をめざす。地元では、蔵王山と呼ばれている。

「日本の山1000」の石動山564mのガイドの中で、東方1.5km の蔵王山に一等三角点が置かれていると書かれている。

二万五千分の一<能登二宮>を購入したが、平の集落から登山道はなかった。
神社から山へ続く道があり、右にカーブする所で車を停める。ここから尾根に取付くことにする。目印も踏跡もないが、一番高い所をめざすと一等三角点が見つかった。頂上には、踏跡があり、これは石動山から来る道のようである。

高坂山は、石川・富山の県境の山であったので、この山が登れて、石川県.富山県の一等三角点の山を完登することができた。

車に戻り、氷見市で一風呂浴びて、新湊にある道の駅で泊まりとする。
陣馬平案内図

9/12,小杉インターから3時間かかって、西山インターで降りる。ここから弥彦山をめざす。弥彦スカイラインを通って、ロープウェイの山頂駅に着く。登山客が見受けられる。今回の山旅でハイカーに出会ったのは、この山だけであった。
多宝山の取付に車を停める。20分で頂上に着く。山頂には、新潟地方気象台のレーダーと、全国に48ある天測点があった。
車に戻り、貉ケ森山に向かう。貉とは、アナグマの異称である。新潟県と福島県を結ぶ、峰越林道・本名室谷線が出来て日尊倉山1262m や貉ケ森山の登山が容易になった。この林道を利用すれば、取付から30分で頂上に達することができる。
だが、室谷洞窟のある林道入口に、この先全面通行止めの看板がかかっていた。
20分進むと、ゲートがあり、平成12年2月まで、車は通れないとなっていた。
仕方なく、ここに車を置いて片道2時間の目安で林道を歩き始める。2時間で、越後山脈保存林と書かれた看板があった。現在地が記されており、見ると県境迄まだだいぶある。岸本氏に先に行ってもらって、貉ケ森山の取付場所を確認して貰った。時間切れで引返す。日が暮れる寸前に車のところに戻れた。
権現山にある展望図

9/13、貉ケ森山を今度は、本名(ほんな)の方からアタックすることにする。
2時間半かかって、福島県側の林道入口本名ダムに到着。最初は順調に走行したが、35分で泥道にさしかかりスリップしてしまい、引返すことにした。残念だが貉ケ森山は、平成12年2月以降、通行止め解除になった後、再挑戦である。
有倉山に向かう。越後田沢の駅から、林道中魚沼丘陵線に入る。頭上にある高圧線が離れた所で、車を停めて歩き始める。草藪の中を行くと、植林記念碑があった。かすかな踏跡を辿っていくと、有倉山の一等三角点に着いた。
展望はなかった。車に戻って、汗を流したくて、近くにある、ミオン中里に立ち寄る。綺麗な温泉で、400 円と安いし、大変気に入ってしまった。
明日登る、髻(もとどり)山に、一番近い豊田村にある道の駅で泊まりとする。

9/14、髻山に向かう。髻とは、髪を頂に束ねた所の意である。
豊野駅から、白坂峠をへて、髻山登山口に着く。山頂まで440mの道標があった。
頂上には、髻山城跡の案内板があり、川中島の合戦の際、上杉謙信方の砦があったと書かれている。ここにも天測点があった。
陣馬平山をめざす。R406からの取付は、行ってみると崖崩れで通れず、引返して犀川沿いの瀬脇から山道に入る。やがて陣馬平高原まで4.3km の道標が見つかる。青少年山の家の取付から歩き出す。山の家から10分歩いた所に三角点があった。車に戻って、この日、3座目になる、権現山にむかう。
仁科三湖の一つである、青木湖の上にあって、以前はよく登られたようだが今は人気がない。林道が山頂近くまで延びており、広い山頂一帯は三角点を探すのは容易ではないが、「歩くスキー権現山」と書かれた看板が落ちていて、ここを探して見ると、高みに三角点があった。なんとか6座登っての、山旅であった。