サンノーの高は、岐阜県美山町(現山県市)と板取村との境にあって、続岐阜百山のひとつ。 三尾山(みおさん)とも呼ばれている。サンノーの高の命名は、日本山岳会岐阜支部長でもあった、今西錦司先生といわれている。
このあたりの山域は、蛭の生息地で、北山907.5mに登った時は、思いっきり吸われてしまった。舟伏山1040.3mにもいるし、南にある、釜ヶ谷山696.0mにも
ヒル注意の立札があった。
サンノーの高の登り下りには、終始足元に注意して歩き、特に沢筋のジメジメした所では神経をとがらせたが、幸いにも、蛭にはあわずにすんだのは、ありがたい。
9/3,武芸川町から美山町に入り、神崎から円原の集落に向かう。 円原から先、三尾谷に入る。うれしいことに、三尾谷の奥まで舗装されてあった。 今島の集落を過ぎて、三尾の廃村に入る。三尾谷林道の入口には、ゲートがあって、ここに車を停める。 時間があるので、林道の終点までどのくらい距離があるのか歩いてみたが、15分で終点に着いた。 車が2台停まっていた。車に戻り、食事の用意をしていると、2台の車が降りてきた。 鍵をはずしている様子もなく、
帰ってしまったので、次の日、再度ゲートを見ると、鎖の輪をかけただけのもので、すぐにゲートは開くようであった。
9/4,朝5時起床。大型の台風14号が近づいており、朝から雨の予報であったが、雨は結局,山を降りるまではだいじょうぶであった。 林道終点から、二つ堰堤を越えると、鉄塔巡視路の分かれがあり、右のナンバー71の巡視路を行く。
踏跡はあるが、目印はほとんどない。歩きだして一時間で、鉄塔に着く。 ここから先、笹が生い茂って、道が消えてしまっている。かまわず、高いところをめざして登っていくと、植林道があらわれた。 古びたテープが所々にあった。尾根にでる直下は、枝につかまりながらの急登であった。 境界見出標が出てきた。ここからにせピークを越えて、やっと、サンノーの高の頂上に着いた。
杭には、サンノーの高と三尾山と、2つの名前が書かれてあった。 二等三角点の標石を写真に収めて、雨の心配もあり、早々に降りることにした。 林道を歩いていると、鎌を持った男3人組に出会った。自然薯でも採りにきたようであった。 帰路、武芸川温泉の場所を確かめて、京都に戻った。
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