兵庫県にある、多紀アルプスに向かう。
峠山と点名山田は、ともに篠山市にある。
多紀アルプスの中で、一等三角点のある三岳793.4mと小金ヶ岳725mは平成2・11/25に登頂している。
硅石岩の険しい尾根と風格ある山容から、昔は修験 道の山であったが、大峰山の配下にならなかった為、僧兵に寺は焼かれ、山伏も散ってしまい、以来、さびれてしまった哀しい歴史がある。
午前8時に、筱見48滝の入口に着いた。看板があって、3/6に篠山ABCマラソン があって、コースになっているそうである。筱見観音があって、案内板があった。
見ると、応仁元年(1467年)、細川と山名の両守護大名が、京都を中心に天下を二分して、応仁の乱が始まった。
多紀郡曽地の出身である内藤氏は、細川方だったので、進攻してきた山名勢に押され、細川・内藤勢は「村雲合戦」で大敗した。
それでこの地を合戦場として言い伝えてきた。
先年、この戦場跡に工場を建てた、百萬石酒造では小公園を設け、立派な聖観音菩薩像を建立したとあった。
48滝森林公園に車を停めて歩きだす。雪がちらついてきた。
滝めぐりコースをとらずに、案内図にある、歩きやすい道というのを歩くことにしたが、あまり歩かれていない道であった。
小金ヶ岳まで4kmとあった。
40分も歩くと、多紀連山縦走路に出た。右にとる。左にとると、48滝周回コースである。
縦走路は、よく踏まれていて、20分で三等三角点のある峠山の頂上に着いた。
西宮労山の40周年の記念登山のプレートがあった。
未登の八ッ尾山677.6mが望まれるが、赤布を回収しながら下山したので、又の機会となった。雪のちらつく中、もう一座、点名山田に向かう。
村雲小学校近くの、バス停小田中から橋を渡ると、大立山長福寺があった。
ここに車を停めて歩きだす。地元の人に聞くと、この奥に清滝さんと呼んでいる、お地蔵さんのある山があるという。
しかし、点名山田の頂上には、三角点があるだけで、何もなかった。
長福寺から、沢伝いに高いところをめざす。 道はなく、珍しく、目印も何もない殺風景な山であった。
バス停小田中からの点名山田の山容が確認できていたので、あまり迷うことなく、頂上に着いた。三角点は藪の中で、朽ちた航空写真に使う白い杭がなかったら、三角点探しにもっと時間がかかったであろう。
木立の間からの、多紀連山の眺めはよかった。
車に戻ると、登る時に気づかなかった、岩井山古墳群の説明板があった。
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