奈良・岳山と吐山城山


                 【山行報告】   記;山口敏晴 平成17年2月12日

「岳山」「吐山城山」 二万五千分の一<初瀬>
向島7:05−−−榛原町−−9:25笠間....新陽明門院陵...9:45鉄塔..10:00岳山頂上(△525.5m 二等三角点)...10:20車のところ−−−−10:50榛原町自明...11:00悟真寺−−−−13:20吐山....13:40吐山城山(△ 573.7m 四等三角点)....14:05車のところ  往復走行距離 163km


岳山は、奈良県榛原町にあって、鎌倉岳とも呼ばれている。
吐山城山は、都祁村にあって、四等三角点が置かれている。
1/23には、北摂に出かけて、三田市にある、昼ヶ岳595mを登ってきた。
1/30には、奈良に出かけて、見山702.4mと入谷山606.5m 四等三角点を登った。
2/6には、奈良県御杖村にある、水越山795.3m 三等三角点を登ってきた。

2/12,朝向島を出発。まずは榛原町にある、岳山をめざす。
取付は、新陽明門院陵である。後村上天皇と中宮顕子の陵であるという。
送電線巡視路ナンバー106から登りだす。テレビ中継放送所と書かれた杭があり、道ははっきりしている。
頂上には、NHK宇陀テレビFM中継所が建っていた。ここで単独行が休んでいた。
三角点は100m行った所にあり、イセ愛山会平成13.12/22や大淀独歩会平成15.5/17などのプレートがあった。

車に戻り、次の目的地、聚落山に向かう。
途中、嶽山古墳の案内板があり、見ると、桜井市との境界となっている東西に長い尾根稜線の東側に築かれている古墳は、直径約13m,高さ2.5mの円墳で、飛鳥時代(7世紀中葉〜後葉)の役人の墳墓だという。
聚落山には、自明にある曹洞宗の悟真寺から取付いた。
尾根に出て、三角点を探したが見つからず、引き返した。

もう一座、都祁村吐山にある城山を登った。
頂上には、四等三角点があり、奈良の山ではおなじみの、JL3V0Gと書かれた、アルミプレートがあった。
国道369号をはさんで、対峙している、まだ登って いない小川口ヶ岳(神主山)596.5mが望まれた。
暦の上では、立春を過ぎたものの、今日も寒い一日であった。
資料によると、後村上天皇は、後醍醐天皇の第12皇子。
1339年、吉野の行宮で即位後、賀名生・京都・男山などに遷幸。在位29年とあった。