九州百名山・開聞岳・烏帽子岳・戸上山

                             【山行報告】   記;山口敏晴

平成16年12月29日   「開聞岳」   五万分の一<開聞岳>
〜平成17年1月3日   「烏帽子岳」  五万分の一<垂水>
   「戸上山」   五万分の一<小倉>

12/29 向島6:50−−−姫路−−−広島−−−6:40岩国(泊)

12/30 7:10−−−下関−−−11:10九州道八幡インター〜15:40桜島SA(泊)

12/31 8:00−−蛤良インター〜鹿児島市−−−喜入町−−11:15烏帽子岳登山口....12:20烏帽子岳頂上(522m 三角点なし)...13:10車のところ−−−14:00指宿温泉14:40−−−15:30開聞岳登山口(泊)

1/1 7:30...8:15五合目....9:20開聞岳頂上(△922.2m 二等三角点)....10:35四合目....11:40車のところ−−−水俣−−16:10田浦町(泊)

1/2 7:20−−8:00九州道八代インター〜10:20八幡インター−−−門司−−−11:55戸上山登山口....13:00戸上山頂上(△518.1m 四等三角点)....13:50車のところ−−−−14:15関門トンネル−−−−広島県大竹市(泊)

1/3 7:05−−−−姫路−−−−17:40向島   往復走行距離 2120km

開聞岳は、鹿児島県開聞町にあって、深田百名山のひとつ。
烏帽子岳は、鹿児島県喜入町にあって、九州百名山のひとつ。
戸上山は、福岡県北九州市にあって、九州百名山の一つである。
年末年始、九州の旅に出かける。
暖冬であったが、12/30晩から寒波がやってきて、九州にも雪が降った。
計画していた韓国岳1700m,高千穂峰1574mは未踏となった。

12/29朝,向島を出発。岩国で泊まって、12/30,九州に入った。
今日は、えびの高原に行く予定であったが、えびのPAから山を見ると、すっかり雪化粧している。
えびの高原に至る道は、チェーン規制があり、韓国岳はあきらめて、鹿児島へ南下した。
桜島PAで泊まりとしたが、夜雨となった。この雨は、北九州では雪となった。

12/31,鹿児島市内見物をする。
西郷隆盛の洞窟を見てくる。案内板があり、1877年(明治10年)9/24午前4時,政府軍4万の城山攻撃が始まり、49歳の生涯を閉じたとある。
案内板の題が気に入った。
「おはんらにやった命 MYLIFE IS YOUR HANDS」
城山展望台には、西郷隆盛の健康診断書があった。
身長178cm,体重120kg,血液型B型とあった。展望台からは、桜島が目の前にあった。
開聞岳は、雲の中であった。(地元の人の話では、昨日はよく見えたという。)

南州墓地、西郷隆盛の銅像(軍服姿であった)を見てから、R226を南下した。喜入町に九州百名山の一つ、烏帽子岳があり、これを登ることにした。
第一鳥居に道標があり、頂上まで3.3kmとあった。車で頂上まで2.5kmのところまで行って、歩きだす。
すぐに第二鳥居があり、1時間も歩くと、烏帽子嶽神社のある頂上に着いた。
木立があって視界はよくない。
神社では、迎春準備をしていた。頂上にある、地図をみると、指宿スカイラインから徒歩10分で登れるコースがあるようだ。
車に戻り、指宿に向かう。地元の人に公衆浴場を聞くと、教えてくれた。
弥次ヶ湯で、指宿市役所の近くにあった。(250円)
さっぱりしたところで、開聞岳登山口に向かった。
1.5合目にふれあい公園があり、ここに車を停めた。目の前に開聞岳があった。
風は冷たく、時雨れている。明日のご来光は、どうやらむずかしいようである。

1/1,平成17年の初登山は、開聞岳となった。去年の元日は、佐賀県有田の黒髪山516mであった。
平成15年は、福岡県の古処山862m,平成14年は、英彦山1200mであった。
大晦日の晩は雷が鳴って、元日の登山が懸念されたが、起きてみると、雨は止んでいた。
車は20台ほど。山を見ると、頂上付近には雪がある。
今回、京都を出発する時は、まさか雪の開聞岳を登るとは、思ってもいなかった。
標高は1000mに満たないが、登山口からの高低差は、890mもあり、決して 簡単な山ではない。
薩摩富士の名を持ち、錦江湾の入口、海門にあることから「かいもんだけ」と呼ばれるようになったという。
二重火山で、登ってみてわかったが、中腹までは火山礫,上部は堅い安山岩からなっている。

朝7時半、歩きだす。2合目には、頂上まで3.5kmの標識があった。ご来光組が降りてきた。
5合目までくると、あと2kmの標識。
7合目からは、雪道となった。歩きだして、1時間50分,頂上に着いた。風が冷たい。樹氷がきれいである。
天気になって、長崎鼻,池田湖の眺めがいい。三角点のそばに、昭和63年7/20皇太子登頂の碑があった。
下山にかかって、昼前には車のところに戻ってきた。これから福岡に戻るのに、枕崎から薩摩半島の西海岸を北上した。
串木野には、高校女子駅伝の名門,神村学園があった。鶴の飛来で有名な出水市を通り、水俣市から、田浦町の道の駅で泊まりとした。

1/2,八代から九州道に入る。午前中は低温状態であったが、北九州までくると暖かくなってきたので、門司にある、戸上山に登ることにした。
登山口には、企救自然歩道・頂上まで1.8kmと書かれた道標があった。歩きだす。すぐに雪があり、頂上は40cmほどの積雪であった。
雪の上に踏跡が続いていた。
1時間歩いて、頂上に到着。三角点は雪の中にあり、掘り起こして見つけた。
山小屋があり、ハイカーが暖をとっていた。ここには、戸上神社の上社があった。
足立山597.8mまでの縦走路があった。7.2kmの道のりである。(一等三角点のある足立山は、平成14年12/29登頂した)

車に戻り、帰路につく。タイミングよく、福岡の大雪がおさまったところで、京都にもどることができた。
深田久弥の本には、「開聞岳の名は中学生の頃から知っていた。近所に七高造士館へ行っている先輩がいて、その人が帰省する毎に、いつも西郷さんとこの山の話が出たからである。
それ以来開聞岳という名は私の脳裏に刻まれた。」