日張山は、奈良県菟田野町にあって、点名を雲雀山という。
向島を朝出発。 台風18号の影響で、曇天である。国道166号を通って、菟田野
町に入ると、佐倉峠の手前に、青蓮寺まで3kmと書かれた道標が見つかった。
宇賀神社を経て、中将姫ゆかりの尼寺である、青蓮寺(せいれんじ)に向かう。青蓮寺の手洗い場までは舗装されていた。ここに車を停めて、歩き出す。
すぐに坂道の参道で、中将姫の歌碑があった。 「なかなかに山のおくこそすみよけれ草木は人のさかを言わねば」という名句である。
山門には、謡曲史跡保存会の名で、案内板があり、青蓮寺は謡曲「雲雀山」の舞台で、山号になっている日張山は、古来狩場として知られていた。とあった。 石段を登って、寺の境内に入った。 ここにも中将姫遺跡と書かれた略記があり、奈良朝760年、右大臣藤原豊成公の娘が、継母のざん言により、14才の身をもってこの山に流された。閉居練行2年6ヶ月念仏三昧の生活を送ったという。 一度は都に帰った姫は、その後再度、日張山に登って、自分の像と嘉藤太夫婦の像を刻んで納めたということが書かれてあった。
ここからの、山頂への取付がわかりにくかったが、尼寺の住職がやってきて、丁寧に教えて下さった。日張山の頂上に着いた。
三等三角点とイセ愛山会や大淀独歩会などの、たくさんのプレートがあった。宇賀志から登ってくる道も、一の谷峠に降りる道も、いずれもはっきりとした踏跡があった。 車に戻って、近くにある、覗ヶ岳614mの取付を下見してから、京都に帰った。
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