奈良百遊山・国見山

               【山行報告】   記;山口敏晴

平成16年6月19日  「城山」「点名長谷」  二万五千分の一<大和白石>
向島6:50−−−−8:40名阪国道五ヶ谷インター−−9:00城山取付....9:20二ノ丸跡...9:35城山頂上(△528.7m 三等三角点)...10:00車のところ−−−10:30ヤマトカントリーゴルフ場...10:45分岐...10:55塔ノ森...11:00点名長谷(△666.4m 三等三角点)...11:20国見山(680m 三角点なし)11:45...12:10車のところ−−−15:05向島    往復走行距離204km

城山は、奈良市中畑町にある。点名長谷は、奈良市と天理市の境にある山。

6/6には、奈良市山添村にある点名切幡(△578.8m 三等三角点)と、室生村にある点名笠間(△521.2m 三等三角点)を登頂してきた。

4/29に、この2座を アタックしたが三角点が見つからず、時間切れとなった。
熊笹会の西川氏が、その後見つけてくれて、情報を得て、三角点標石を見つけることができた。
城山は、去年の11/30に、矢田原町側から登頂を試みたが、道がなく、このルートを諦めて、今回は西側から取付くことにした。
名阪国道五ヶ谷インターで降りて、北に向かう。
ちょうど畑仕事に向かう地元の人がいて、聞くと城山の取付を知っているという。バイクで案内してもらった。
彼女は小さい時に、一度登ったことがあるという。歩き出す。
やがて二ノ丸跡と書かれた白い杭があらわれた。踏跡は、下草が伸びてわかりづらい。城山頂上に着いた。

朽ちた赤い鳥居の所に、三角点があった。プレートは数多い。椿尾山城跡とか椿尾塁と書かれたものもあった。
五つの石碑があって、「大宮姫大神」「光吉」「光姫」「高城」「高宮」と彫られてあった。
歴史書には、椿尾塁は五ヶ谷村北椿尾にあって、元亀元年に築城とある。
元亀元年といえば、松永久秀が信貴山城を根拠に大和攻略をし、東大寺大仏殿が兵火にかかった直後であるという。
車に戻り、点名長谷をめざす。ヤマトカントリーゴルフ場から登るのが、最短コースのようである。
ゴルフ場の係員にその旨を告げると、取付を教えてくれた。
まむしがいるから気をつけてと言われた。尾根に出ると、分岐があり、左国見山,右塔ノ森と書かれてあった。
塔ノ森に行ってみる。ここには石塔があったが、三角点はなかった。
後で調べてみると、この石塔は奈良時代のものであるという。
再び、分岐に戻って、今度は国見山に向かった。途中に、点名長谷の三角点があった。
道はよく踏まれており、道標も完備してあった。
分岐から25分で、国見山の頂上に着いた。名前の通り、眺め素晴らしく、奈良盆地が一望できた。
天理市の最高峰で、奈良市のエベレストと呼ばれているようだ。頂上のプレートには、「奈良百遊山・国見山」と書かれてあった。
夫婦連れが登ってきた。奈良百遊山のことを聞くと、奈良県がパンフレットを出していて、この夫婦もパンフレットを見て、登ってきたのだそうだ。