鈴鹿・ヒヨノと比婆之山

               【山行報告】  記;山口敏晴         平成15年2月9日
 ヒヨノ 五万分の一<彦根東部>平成15年2月11日   比婆之山  五万分の一<彦根東部>
2/9 向島7:20−−−9:50林道途中...10:00杉坂峠...10:10取付....10:35尾根....10:55ヒヨノ頂上(△687.4m 二等三角点)....11:35 車のところ...12:00調宮神社....14:15向島

2/11 向島7:25−−−多賀町−−−9:55甲頭倉....11:10  175鉄塔...11:40 177鉄塔...11:50比婆之山頂上(669m 三角点なし)−−15:40向島

ヒヨノは、滋賀県多賀町にあって、点名は四手村。陣尾山とも呼ばれている。
比婆之山は、多賀町にあって、ヤマケイの「分県ガイド」に紹介されている。

2/9朝、向島を出発。杉坂峠をめざす。峠には、多賀大社の御神木があり、これは、平成14年4/21に、高室山816.6mに登った時に、憶えていた。
峠直下は、路面が凍結していて、途中に車を停めて、歩きだす。5分で、杉坂峠である。
鉄砲打ちの車が3台あった。峠から先は、雪が多い。15センチはあろうか。鉄砲打ち3人に会った。ヒヨノの話をするが、知らないという。

火の用心の標識が取付のようだ。雪の中に踏跡があった。鉄砲打ちが歩いたと思ったが、どうやらヒヨノの方に向かっていて、私のような物好きがいたようだ。尾根にでる。右にとれば、杉坂山である。左にとる。
頂上には、プレートが、3枚あった。三角点は、雪に埋もれていなくて、頭を出していた。


2/11朝、向島を出発。比婆之山の取付である、多賀町にある、甲頭倉の集落をめざす。河内風穴に向かう途中にあるのだが、わかりにくく、行き過ぎてしまった。
ポツンと、2軒ある民家の所に分岐があったが、ゲートがあり、通行禁止になっていて、鍵がかかっていた。民家に頼んで、鍵を開けてもらった。

甲頭倉は、冬は誰もいなくて、廃村状態になっていた。
甲頭倉に車を停めて、歩きだす。スパッツをつけた。
比婆之山への登山道は、みあたらない。北に向かい、堰堤から、尾根に這い上がる。
雪の中に、足跡があったが、動物のようであった。雨が降ってきた。視界が悪い。
ひたすら、高いところをめざしていくと、1時間ほどで、関西電力の北近江線ナンバー175 鉄塔に着いた。
ここから、ぼんやりとだが、めざす、比婆之山の山容がわかった。
送電線の巡視路を歩いて、30分で177鉄塔。眼下に、仏生寺町から延びていると思われる、舗装道路が見えた。遠く、伊吹山が望まれた。
ここから、目印が出てきて、10分で、比婆之山の頂上に着いた。
プレートが、4枚あり、三重の山仲間、山ねずみ氏のものもあった。
目の前には、霊仙が望まれた。雪はまだらであった。下りはガスが出てきたので、慎重に降りる。
ゲートで、民家にお礼を言って、京都に戻った。雨の一日であった。