みのハイクのクラブ山行に参加する。
行き先は、岐阜県藤橋村にある千回沢山 1246.0m。岐阜百山のひとつである。登山所要時間10時間の熟達者向きの山で
ある。
9/1朝、向島を出発。 道の駅で、ゆっくり食事をすませて、集合場所の
樽見鉄道の終点、樽見駅に向かう。午後3時45分、ここで、みのハイク4名と合
流する。影山氏は沢登りの達人、水野氏は、あと5座で岐阜百山完登という。車
3台で出発する。R417は道路事情が悪く、迂回して、馬坂峠から千回沢山の入口、
門入廃村跡に向かうが、戸入手前3km地点で、道路が陥没していて通れない。
9/20までかかるそうだ。千回沢山は、又の機会となった。
どの山に登るか、話し合いする。結局、誰もまだ登っていない、蠅帽子嶺に決ま
った。私はこの名を知っていた。最近、蠅帽子峠古道というガイドをコピー
していたので、覚えていた。
蠅帽子嶺は、福井県大野市と岐阜県根尾村との県境にあり、点名を這星、山名を
這法師山という。福井県側で蠅帽子嶺、岐阜県側で這法師山と呼ばれているよう
である。五万分ノ一の地形図では、山名の記載がない。
蠅帽子とは、アブの大発生で人の頭部に、帽子をかぶったように真黒にたかった
さまをいっており、這法師とは越前鯖江の誠照寺の坊さんが、奥美濃布教に険し
い坂を、這うようにして越えたからとの説がある。古書には、灰星峠、拝保志峠
とも記されている。
その日のうちに能郷白山神社まで行って、区長の許可を得て、泊まりとする。
9/21朝4時起床。5時出発。R157を45分走って、根尾村大河原に着いた。
ここに、官道這法師峠道と書かれた小さな立て札があった。千回沢山に登るつも
りをしていたので、二万五千分ノ一<能郷白山>の地形図は持っていなくて奥美
濃のガイドの本だけで、登ることになった。
幕末の天狗党800人が、この峠道を使って美濃から越前へ越えていったという。
130年前に、八門の大砲と台車を担ぎ、200頭の馬を連れて、雪の中を越えてい
ったとは驚きである。
まず根尾西谷川を徒渉して、取付の「ほほずり地蔵尊」から歩きだす。
踏跡がはっきりしてきて、古道らしくなってきた。クワガタを一匹捕まえた。田中さんが、息子にあげるといって、大事にしまいこんだ。
943mピーク手前で小休止。ここまで1時間40分かかった。ピークを右に巻く。このあたりは道が荒れていて、ロープが1ヶ所はられていた。
木立の間から、蠅帽子の頂上が望まれた。なるほど、蠅がたかったような山容で
ある。帰りに写真に収めた。最後の急登を登りきると、頂上に出た。
切り開きがあり、能郷白山が目の前にあった。
南には高屋山1136m,大白木山1234.4m,岩岳999.5m の山々が望まれた。
新しいプレートがあり、這星と書かれてあった。下りは蠅帽子峠に降りる。
峠には、お地蔵さんがあるはずだが、皆で手分けして探したが見つからなかった。
このあたりは藪がひどく、もと来た道を見つけるのに時間がかかった。
ロスタイムがあったので、車に戻った時は、登りはじめて6時間半かかっていた。
歴史を感じさせる古道を歩いて、満足の一日であった。
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