モンテローザ
マルゲリータ峰(4554m)イタリア側ルート


モンテローザはイタリアとスイスの国境線上にあり、アルプス第二の高峰であるが単独のピークの名称ではない。
穂高連峰のように複数のピークの総称である。
過去 国内で紹介された記録はいずれもスイス側ツエルマットからのものがほとんどであるがルートとしては
イタリア側から登るとリフトを途中まで使えたりして時間的にも体力的にも有利である。
イタリア側から直接登れるピークは幾つかあるが、今回はマルゲリータ峰(4554m)を登った。
マルゲリータの名称はなんとこの山頂にアルプス最高所に建てられたマルゲリータヒユッテがあることに由来する。
〔期間 2001年7月28日・29日 単独(ガイドなし)〕

マルゲリータ4554mピーク シグナールクッペ(プンタ・ニフェッティ)
名称は幾つかあれど、すべて同じピーク
左 表(今回のルート)コル・ニフェッティより
右 裏 ピークの粒はマルゲリータ・ヒユッテ
〔ルート〕
1日目 ミラノ=鉄道・バス=アラーニャ村=リフト・・・徒歩・・ ニフエッテイ小屋(泊)
2日目 小屋・・・4252m地点・・・コルニフエッテイ・・・
マルゲリータ山頂(4554m)登り約5時間
下降・・小屋まで約3時間 リフトまで2時間
〔宿泊と食事〕
1日目の宿泊はニフエッテイ小屋(3647m )になる。280人収容の立派なヒユッテである。
まずは宿泊の受け付け。
「予約はしてありますか?」 「え?予約がいるの。」
「本日は満員です、泊められません。」
これは困った、もう引き下がれないよ、交渉すること10分
何とか空いている所に今夜だけ泊めてもらえることになった。
私以外に予約をいれていない不心得者が、この日は他に2.3名いたようである。
宿泊客は私以外全て白人さんだ。 言葉から多分90%以上はイタリアンとみた。
寝室は4人部屋で、2段ベットだが一人一ベットがあてがわれる、日本の夏山最盛期
とは趣が異なる。 (この部屋だと日本では20名は詰め込まれる。)
同室の3人はジェノバから来た男女のパーティで、入室後一斉に下着姿になって
着替えをはじめたのには少し驚いた。
7時 小屋の食事はカフェテリア方式で単品毎に選択可能なディナーである。
頼めばワインも付く。
〔頭痛と星空〕
10時 ベットに入るが頭痛がする、高山病の症状であろう、痛み止めは飲まない。
食事中に高山病で倒れた人もいたくらいで地元の人でもつらいのであろう。
空に星がでた。
明日は5時にスタートして、最終5時のリフトまでに下山しなければならない。
〔スタートとクレバス〕
5時 朝食はキャンセルしてビスケットと水で朝食をとり、アイゼンを履き、
身支度を整えてからスタートする。
先行パーティのライトが遠くに見える。
いきなり大きなクレバスがある。真暗で底の見えないクレバスをスノーブリッジを利用して乗り越える。
ワンマンショーの始まりである。
4252m地点まで合計6個のクレバスを乗り越える。これが一番の脅威だ。
名峰 リスカム4527m 南面 リスカム北東面 右下にマッタ-ホルンが
見える
〔気温と山容〕
スタート時点での外気温は-7℃ 氷河がキラキラして見えるのは天気の良い証拠。
このあたりの山は南面とそれ以外では山容が異なる。南面は岩山だがその他の面は
真っ白な雪山である。
2時間強で600m強を上がり4252m地点にでる。良いペースである
頂上までの3分の2を登ってこの時間なら申し分無い。マッターホルンが見える。
持参した普通のデジカメはこの気温では作動しなった。バックアップの30万画素の簡易
デジカメが役に立った。
〔高山病とコル・ニフエッティ(4454m)〕
他のパーティはガイド付きとガイドなしがほぼ同数である。
多くはピッケルを背負い ストックとアイゼンを使って確実に高度を稼いでいる。
ほとんどのパーティがハーネスとザイルを付けている。
ザイル捌きと持ち方が本当に上手い。
コルまでの200m強を2時間近くかけて登った。ペースがガクンと落ちる。
考えたら日本からイタリアに着いた日の翌日から24時間で4000m以上の高度差を移動
したことになる。
高山病に加えて時差ボケからくる寝不足・移動の疲れ、これらが複合して身に堪える。
やはり2泊して低い山から登るべきだったか。喉がやたらと乾く。
多くの登山者は1.5Lのペットボトルをリュックの外に縛りつけ、さらに予備の水分を
持っているようである。
コルから当初計画していた隣接峰(4563m)を見る。1.2パーティが取り付いているが
山頂近くは雪が消え、まったくの岩場と化している。スタッカットで登っている。
しかも先頭はダブルアックスだ。
〔登頂とコーヒー〕
最後の気力を振り絞ってマルゲリータピークまでのラスト100mを登る。
10歩で一回休み、20歩で2回休み。
かなり傾斜が強いので、滑落に注意して登る。
簡単な足し算・割り算の計算があやしい。(普段よりもっとあやしい)
100mを一時間近くかけて山頂着(4554m) 合計5時間 これでも標準タイムだと。
ヒマラヤを登る人は本当に偉いね 僕はココまでだわ。
山頂のヒユッテのBARでコーヒーを500ml分を頼み、持参のコンデンスミルクを混ぜて飲む。
更にテルモスに500mlの紅茶を入れてもらう。 ブドウ糖の結晶を噛り30分間休んで、
いつもの切れの良いバットジョークが回復したところで写真撮影。
イタリアンは陽気だね。



左上・・コルから山頂を見る。(本当はもっと急傾斜)
右上・・山頂にてイタリアンパーティ
左下・・コルにて後続パーティ(アンザイレン)
右下・アラーニャ村
〔下降と雷鳴〕
下降開始、途中気温が上昇し雪が緩み、アイゼンの爪をズボンに引っ掛けて転倒
したりもしたがほぼ順調に下降する。
クレバスの通過は、緩んだ雪に困難を感じるが下りは飛び降りる動きになるので
やや楽だ。
ストックを先につき気合一発、その場幅跳びをやる。イタリア人ガイドがバンザイアタックと
言って笑うが、先のイクサみたいに長靴が先に脱げないように注意しろと言い返す。
クレバスの通過はまず1人がピッケルを手元まで雪にしっかり打ち込み、
その後1名ずつザイルの確保下で飛び
越えるのが正当な手順のようだ。
正午過ぎ雷鳴が聞こえる。ただしシャワーは遥か下だ。
霧が出るくらいで降雪すら無かった。
上部から雷鳴の様に轟きわたるのは雪崩とセラックの崩壊の音響。
ルートは氷河上の真中を通ているので直接の影響は無い
ただし左右の隣接峰にアプローチする場合は脅威となる。
3時間で小屋に着いた。 (グリーセードや尻セードをやるものはここにはいない。)
〔小屋からリフトまで〕
小屋で荷物を回収し大休止 後 リフト乗り場に向かう。
待ってくれーと叫びながら、5時の最終直前にリフト乗り場着
リフトで不眠の村 アラーニャ村へ ここのホテルで1泊。
〔もし行こうと思われる方へのささやかなアドバイス〕
この地域の生情報の入手は日本では困難である。ただし人気が無いわけでなく、
イタリアンにとっては穂高の岳沢の如きメジャーな地域である。
また今回は比較的容易で良く登られるルートではあるが
あくまでアルパインルートである。
・ガイド・・・行ってすぐ頼めるものではない、前もって予約が必要。
・リフトとインフォメーションセンター・・・・・正午から2時まではお休みである。
・荷物預かり所・・・・村にもリフト乗り場にも無い、全て小屋まで持ち上げる。
・リフトから小屋まで・・下降時にショートカットルートを取ったが、途中に奥穂高山頂直下
程度の岩場がある。梯子は無い、荷物が重いと結構辛い。
・氷河の傾斜度・・・・おおむね傾斜の強い所で剣岳の長次郎雪渓程度である。
・麓の村・・・良い景色の村だが特に宿泊のお勧めはしない。1晩中教会の鐘が鳴り響く。
私は全ての時報と半刻の鐘の音を朝まで聞いた。(寝れなかった。)
ガイドブック・・・・アルプス4000m峰登山ガイド(山と渓谷)
その他の情報源・・・・ヒユッテの予約・電車・バスの時刻まで全て www.alagna.it/
2001年8月記
感想:メチャ良かった。メチャメチャ面白かった。 宗 孝
山頂よりスイス側を望む。
正面にマッターホルンを見下ろす。
左 はリスカム(4479m)
山頂にて
イタリア国旗と3人のイタリア人登山家
いろりのバンダナを持つのが本人
イタリア人登山家ののHPにも同じ
アングルの写真が掲載されるそうである。